うつ病を生きていくために。

パートタイマー、担当医を決める。

2020/01/13
 
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パートタイマー、うつ病、配偶者なし。 三拍子のハンディキャップを抱えた筆者が、うつを生き抜くべく試行錯誤します。
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前回の記事「パートタイマー、精神科を受診する。」は、精神科にはやめにかかることを推奨する内容で書いた。

大抵のメンタルクリニックには複数名の医師がいる。
「どの医師がいいですか?」と受付で問われたとしても、そもそも名前しか提示されない状況で選ぶのは難しいだろう。
経歴、専門分野、所属研究機関を公にしている医者は、どのクリニックにかかっても見当たらない。
せいぜい婦人科であるか、内科であるか、外科であるか等、そもそも病院名を見れば一目瞭然な情報しかわからないのだ。

そんな中で「さあ選べ」と迫られたところで、大抵の人は困ってしまう。
ましてや、うつ状態の人間などは、軽い不安発作に見舞われてもおかしくない。

数多い精神科医から、ランダムに治療を受ける方もいらっしゃることだろう。
最初に担当した人物にそのまま身を任せてしまう、というのも手段の一つだ。
だが、筆者は患者となった己自身が、数名の医師の中から、一人を選ぶことのが良いのではないかと考えている。

その理由と思うに至った経緯について、下記の内容で認めて参る所存である。

1.担当医がいた方がいい理由
2.筆者を診察した四人の医師の紹介

どうぞ、ご拝読いただけますれば幸い。

1.担当医がいた方がいい理由

筆者がうつ状態に陥って最も苦しい思いをしたのは、社会生活を送れなくなることである。
まともに働くことが出来ないので、稼ぎがない。
収入がなければ、さらに精神の余裕が奪われる。
まさに悪循環ともいえる負のスパイラルだ。
そんなときに役に立つのが、福祉制度、保険制度であるが、これらを利用するには、担当医の記入を必要とする書類がたくさんある
もちろん、大抵の会社では、休職の手続きをする際にも「就業不可」と書かれた診断書がなければならない。

テキトーな医師にテキトーに書いてもらうのではなぜだめなのか。
それは、病院側とトラブルになる可能性を防ぐためである。

特に担当医を定めることをしなくても、診断書は書いてもらえる。
もし「三ヵ月の休養を必要とする」と医師Aが診断書を発行したとしよう。
次の予約では、別の医師Bが予約を受け付けたと仮定する。
すると、カルテを見た医師Bは、自分で書いていない診断書を元に、治療を進めなければならない。

数学教師は、教えてもいない国語の成績表をつけることはできない。
つまるところ、診断書を書いてもいない医師が、その後の治療を進めていくのは難しいのである。

それならば、最初に割り振られた医者にそのまま委ねてしまえばいい、と思われるだろう。
筆者はあまりおすすめしない。

医師免許を持っていたところで彼らは人間であり、人間である以上、性格や態度など、個人差を伴わずにはいられないからだ。

後程紹介するが、筆者は四人の医師にそれぞれ診療してもらった。
大した人数でもないが、そんな少ない人数の中にも、異様なほどの相性悪さを感じられる医者がいた。
そもそもあらゆるエネルギーが消耗しているうつ状態。
相いれないと思う存在の指示や治療提案を、はたして受け入れられるだろうか
どうせならば、信用しても構わない、又は、安心して我が身を託せる人に、助言してほしいとは思うはずだ。
すり減る精神を更に摩耗したものの、筆者は試験的に何人かの医師に会えてよかったと思っている。

精神科の医師は、実に個性豊かだ。
カウンセリング医ともなると更に飛びぬけた人間性の持ち主もいる。
(筆者の学生時代の教諭らに植えつけられた、大いなる偏見である可能性も否めないが。)
無理して付き合わなければならないような交際は、しないに越したことは無い。

では、パートナーとなる医師を、どのように選べばいいのか。
これに関しては、フィーリングとしか言えない。

医師同様、患者もまた人間であり、十人十色である。
自分に合っていると感じる人間も、自分にしかわかりはしないのだ。

なので、次の項目で、四人の医師の特徴について述べつつ、担当医が決まった経緯についてお話していこう。
少なからず、読者諸君の判断の手助けとなれば幸いである。

2.筆者を診察した四人の医師の紹介

筆者は、ネット予約を使っていた。
日時だけを変更し、医師を指定しないスタイルで予約できるのが利点である。
筆者の通うクリニックでは、ネット予約時に医師の氏名もできると謳ってはいるものの、注意書きに「時間帯によっては別の医師が担当することがある」とも明記されていた。
不確かな予約になるのは癪だが、ネット予約はどの業界でも、あまり信用されないものだ。
対面や電話予約などが優先されるのも、無理からぬことだろう。
(余談であるが、特にホテル業界など、ネット予約した客の当日の無断キャンセルの多さに頭を抱えているところは多い。)

こうして、曜日をこまごまと変更し、筆者は計5回の受診の末、担当医を決定することになった。
よくネット上では、スマートフォンのアプリゲームや、ソーシャルゲーム等に見立てて、「精神科医は当たりの医者を引くまで単発ガチャを回すようなもの」と言われているが、まさにその通りの手法である。

また、これは筆者が受診した際の出来事を報告するものであり、必ずしも同様の方法をとる必要はないことをあらかじめお伝えしておく。

では、一人ひとり、どういった医師であったか公開していこう。

 

受診一回目:明るく快活な印象の男性医師A

休職に纏わる二回目の投稿「パートタイマー、精神科を受診する。」でも少し触れた、初診の医師。
実をいうと、筆者は彼が初の問診であったことに感謝している。
気落ちしている時分には気付かなかったが、彼は口数の少なく、俯いたままの筆者から、正確に症状を読み取るため、たくさんの言葉を話してくれた。
静まりかえった空間よりも、人の声が聞こえている方が話やすさがある。
さらに、幾度となく相槌を引き出すことで、不安の強い人間にも発言しやすい環境を作ってくれた。
所謂心理的なテクニックの一つなのだろう。

彼にこれといった不満は無かったのだが、何せ初診である。
ほかの医師と比較検討しないことには、担当医と定めるのも難しい。

ちなみに後日、再度彼の問診にあたることになるのだが、まずは二回目の診療の話に移る。

受診二回目:はきはきと話す女性医師B

二度目の問診担当は、やけに滑舌のよい口調が特徴的な女性医師だった。
もともと異性に不信感が強い筆者であるから、同性の彼女の顔を見た際、少し緊張はほぐれたように思う。
しかし、話すうちどうも不安が勝ってくるようになった。

独断と偏見で物を申すなら、気が強そう、という印象だ。
しっかりと芯のある方なのだろうが、発声が力強いばかりに、なんだか咎められているような錯覚に陥る。
中でも、「婦人科治療を受けているようだけど、PMS(月経前症候群)の可能性はないの?」という一言は、ぐっさりと刺さった。
(月経前症候群とは、ホルモンバランスの乱れにより、頭痛、腹痛、情緒不安定など、様々な不調に至る、女性特有の不調期間である。その症状のバリエーションは200種類にも及ぶという説もある。)
何気ない一言ではあるが、当時の筆者の気分はどん底であり、他人の好意も悪意に見紛うほど疑心暗鬼。
そのため、「あなたはうつではないんじゃないの?」と否定されたような気分になってしまった。
一度疑ってしまえば、その他の助言を邪推してしまうもので。
医師Bの申し出は、他愛のないものでさえも、もはや受け入れられない心持りだった。

今でこそ、他意はなかったことが推察できるが、うつが重い時に「突き放されている」と感じてしまう医師に、継続して指導を受けるのは、やはり苦痛だったのではないかと思う。
この時の判断は、それなりに賢明だったのかもしれない。

受診三回目:脚を組んでこちらを見る女性医師C

さて、三回目である。
二回目までは、デスクで医師の脚が隠れるような診療室で問診が行われたのだが、この日通された部屋は壁の窓に向かって机が設置されており、医師は患者にどんな体勢で座っているかを詳らかにしていた。

ひどく驚いたのは、医師が身体を窓に向けていたことだ。
顔だけを患者に向けるその様は、入室した筆者への無関心をあらわにしているようで、筆者に悪印象を与えるには十分だった。
そのうえ、ハイヒールを履いた長い脚を組んでいるときた。
絶好調な筆者のネガティブフィルターを通した目は、まるで医師免許という権威を纏って患者を見下し、コントロールしようとしているかのような圧力を感じてしまった。
心許なさ故にうまく現状を伝えられずにいる筆者に、医師は「カウンセリングをしましょう」「今日は空きがあるはずだから」とだけ言い、問診は終了。

念のため弁解しておくのだが、医師Cに本当に威圧的な振る舞いがあったか否かの判断には、客観性を欠いていたことを認める。
しかし繰り返すようだが、うつが酷い状態でも、安心して相談できることが大切なのだと筆者は考えている。
更には、患者本人が望むか否かについて確認を取らず、カウンセリング治療を進める態度を取ったことについて、筆者は並みならぬ抵抗を感じた。
幸い、一度窓口にて「カウンセリングをご希望とうかがっておりますが、ご都合は?」と問い合わせをもらえた。
「医師にはすすめられたが、希望はしていない」と断りを入れることができたので、そこまでのフラストレーションを抱かずに帰ることができた。

補足になるが、本人の承諾なく治療法を確定することは、どの医療分野においても有り得ないことだ。
もし読者諸君の了承を得ることなく薬を処方されたり、カウンセリングに通された場合には、その病院自体を疑ってもいいだろう。

こうした経験も、何人かの医師に診てもらう必要性を感じた要因の一つである。

受診四回目:ゆったりと喋る男性医師D

この日の担当医は、至極ゆっくりと、聞き取りやすいテンポとトーンで話す人だった。

心療開始の方法も、わずかながら異なっていた。
医師B、医師Cは、カルテを元に、筆者に現状についてのみ確認を取ることからはじめてきた。
だが、医師Dは、真っ先にこのようなことを聞いてきた。

「これまでに似たような重いうつ状態を経験をしたことはありましたか?」

当然、初診でも答えているし、問診票にも書いた事柄である。
なぜ、すでに知っているようなことを、再度答えなければならないのだろう。
不思議に思いながらも、かつてを思い出しながら答えていく。
そうしていくうちに、なんとなくであるものの、己のおかれた環境や、心情について吐露していた。
驚くほど素直に、内面を表に出せていたのである。

これが医師Dの問診技術なのか、筆者のコンディションによる問題だったのかは定かではない。
だが、筆者はこの日初めて、医師に「会社から休職することをすすめられている」と切り出すことができた。
医師Dは「では、1月末まで療養が必要、と書いておきます。それまでに必ず治さなければならないわけではありませんし、よくなったらよくなったで働き始めても構いません。月に2~3度来ていただいて、症状を教えてください」と穏やかに言ってくれた。
更に、抗うつ剤の処方を進められたのだが、この時点で筆者は、抗うつ剤にひどく心理的な抵抗があり、それを伝えることもスムーズだった。
幸いなことに、「不安があるなら、しばらく抗不安剤で様子をみましょう」と、筆者の心配が否定されることもなかった。
否定的な感情を表に表出しやすいというのは、筆者の対人関係における重要な要素の一つでもあったのだ。

言わずともお察しとは思うが、この医師Dが後の筆者の担当医である。
とはいえ、この時点では、筆者は彼を担当医と断定してはいなかった。
続く五回目の診療で、筆者は思わぬ収穫を得ることになったのだ。

受診五回目:男性医師A、再び

この日、筆者は抗うつ剤の処方を決断していた。
いかにして抗うつ剤治療を受けることになったののかについては、また別の機会にお話しするが、ともあれ筆者の中で一大決心がついていたのである。
(この件に関しては、「【番外編】パートタイマーが抗うつ剤治療を決めた日。」をご参照いただきたい。)

ただ、一度は抵抗を示した治療を、改めて「試してみたい」と申し出るのは、筆者にとってかなりの困難だった。

冷静になって考えればわかることなのだが、そんなことで怒る医者はいない。
そんな当たり前の推測ができなくなるのが、うつ状態のうつ状態たる所以でもある。
そのため、筆者は実の姉に同伴を求め、姉の都合のつきそうな日程で、医師指定なしのまま、診療を予約した。

大抵のメンタルクリニックは、本人の希望さえあれば、身内や他人の同伴で診療を受けることができる
もし医師にかかること自体が不安でたまらないなら、安心して接することが出来る人物に、同行を願うことも手だ。
両親が不安なら兄弟、それでもダメなら恋人、友人でも可。
ついでに、待合室で同行者や保護者が待機することもできる。
問診に同席されては話しにくい、という場合には、きちんと診療を受けるまでの見張りを立てるつもりで、一緒に通院することも検討されたい。

そうして訪れた五回目の診療。
担当医は、初診に立ち会った医師Aだった。

相変わらず朗々とした様子の医師Aに、何とか抗うつ剤処方の依頼をすることに成功したのだが、その際、医師Aの言動に、奇妙なものを感じた。
説明の端々に、医師Dの名前が出てくるのだ。
「抗うつ剤を試してから、D先生と相談する、という形でいいかな?」といった具合に。

そこで、筆者は思い至った。
医師Dがすでに休職・療養が必要であるという診断書を書いている。
この時点で医師Aは医師Dのサポートとして一時的に筆者を診療しているにすぎず、医師Dのしていない提案や、治療方法などを具体的に挙げられなかったのである。

筆者が繰り返し「担当医に診断書を書いてもらうこと」を進めるのは、ここに理由がある。
診断書を記入することはどの医師にも可能だが、その段階で他の医師は、患者に新しい提案ができなくなる
ここにご注意いただきたい。

少し脇道に逸れるが、診察に付き添った姉は、医師に「妹が病院に来ることを怖がるのですがどうしたらいいですか」と、あまりに単刀直入に問いかけていた。
思わずおかしくなってしまい、また精神的に負担を伴う内容でもあるので、(今思えば器用なことであるが)泣きながら笑ってしまった。
医師Aは「いるんですよ、たまに。怒鳴るような人が。だから相性って大事なんです」と、気さくな態度で応答していた。
その通りだな、と納得したため、蛇足ながら付け加えておく次第。

結論:担当医を選ぶには

筆者は医師Dに対してさほどネガティブな印象を抱かず、彼が担当医になったことは結果的によかったのではないかと考えている。
が、実際のところ、正誤の判定は不可能だ。

なぜなら今現在も筆者は通院しており、薬物治療を継続している。
既に二か月以上が経過していて、量を調整しながら、なんとか生きている、といった塩梅だ。
処置が適切であるかは、治ってみなければわからない。
同様に、医師Dが本当に筆者と相性が良いのかも不明瞭である。

ただ、初回の記事で申し上げた通り、筆者は過労によるうつではない。
職場環境が改善されたからといって、調子が良くなるとは限らないし、短期間で改善されるものでも無いだろう。
ともすれば、担当医とも長い付き合いになる。
ならば、不快感を感じる態度を示す人物よりも、落ち着いて話せる相手の方が良い。
半ばなりゆきで決定してしまったのもの、複数名に会ったことで、自ら症状の改善のために行動したという事実は、ほんの僅かでこそあるが、達成感も齎す。

加えて、完治を自覚した時点で、こうした記事を書くことは、必要とも思えない。
過去の出来事に対して、人は心無い解釈をしやすく、「ああすればよかった」「こうしたから成功した」など、断定的な物言いをしやすくなる(これを後付けバイアスという)。
現在進行形で治療を受けている筆者が、その当時思ったこと、そして今この瞬間の有様を伝えることにこそ、意味が見込めるのだと、多少なりとも信じているからだ。

くどいようだが、必ずしも精神科医の単発ガチャを引く必要はない。
筆者が苦手意識を感じた人々の腕が、劣っているとも限らない。

ただ、評判のいい医師なら百発百中でうつを治してくれる、とも言い難い

「うつは心の風邪」とはよく聞く文句だが、鼻水、咳、喉の痛み、熱といったわかりやすい症状は少なく、人によって症状のバリエーションは豊かだ。
おまけに発症の経緯も、タイミングもそれぞれ異なる。
ウイルスのようにわかりやすい原因はほとんど無い。

ならば、患者として精一杯、出来ることをした方が良いのではないか。
筆者の言は、そのように提案するものである。

まとめ

長々と書いてしまい恐縮であるが、ざっくりとまとめると、今回の記事は下記の通りである。

(1)嫌な人にずっと見てもらうより、信用できる人を担当医にした方がいい
(2)診断書は担当医に書いてもらった方が後々やりやすい

むしろ、これだけ書いておきながら、たったこればかりの内容であるという事実が恨めしい。
簡潔にまとめられるよう、邁進していこう。

そろそろ福祉制度や保障の件についてまとめたいところであるが、実をいうと筆者自身、絶賛手続き待ちであり、わかりやすい報告ができない。
そのため、散文や、趣味の一つである心理学の話などを間に挟むものとする。

各種申込手続きが完了次第、その内容も漏れなく書き綴ってまいるので、どうぞ懲りずにお付き合いいただけますよう、お願い申し上げる。

※2018/3/4追記※
続編「パートタイマー、自立支援医療制度を申し込む。」を公開しましたので、どうぞご覧くださいませ。

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